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不妊治療→妊娠準備 [雑感]

週に1回は本屋とレコード屋([あせあせ(飛び散る汗)])に入り浸ります。

本日初めて気がついたのですが、不妊治療に関する書棚の仕切り板に『妊娠準備』って書いてありました[exclamation]
うろ覚えですが、確か以前は『不妊治療』って書いてあったような気がするのですが。
何だかこんな小さな仕切り板一つですが、すごく気を使ってもらっている気がしました[かわいい]
私は特に『不妊治療』という言葉に何も感じることはないのですが、巷では「不妊じゃなくてTGP」なんて言って、気にする人もたくさんいるようですし、確かに「不妊治療」よりも「妊娠準備」という方がなんだかホンワリやわらか幸せな響きだと感じました[かわいい]

本屋さんの気遣いに背中を押してもらい、ホンワカ頑張ります[るんるん]

ストレスを受けやすい性格 [雑感]

ストレスは流産の原因になりうるらしい。

私は・・・自分でいうのも何なんだが・・・すごくストレスを受けやすい性格だと思う。
ネガティブな性格で、余計な取り越し苦労が多く、常に無駄な悩みを抱えている。
胃痛で胃カメラを飲んだ時も、「痛み止め飲み続けてる?」とお医者に聞かれ、いいえと答えると、「薬じゃなければこりゃあ相当なストレスだな」と言われた。
しかし、身近な人に「私、ストレス感じてる」なんて言っても笑われちゃう。「kaseraの生活のどこにストレス感じるの?!」まぁ、そうなんだけど。
ストレスの元を自分で探し出してどっぷり浸かっちゃうんだよ。

子供の頃からこんなだった気がする。
そりゃあ途中、こんな自分の性格を直そうと啓発本読んだよ。何冊も。今でもつい、おかしな啓発本をうっかり買っちゃったりしてるし[たらーっ(汗)]
しかし、性格というのは直らないものだ。
自分でも、こんな考え方、全くもっていいことないと心底分かっているのに、どうにも出来ない。

今まで経験ないのだけれど、カウンセリングとか、精神科(大げさ?)とかに行けば何か光は見えるのかしら?

ここまでこのスーパーネガティブな自分とグダグダ付き合ってきてしまったけれど、2度も流産してしまった今、今度こそ、今度こそスーパーネガティブな自分と決別したいんだ!
赤ちゃんのために身も心もモリモリ元気になりたいんだ!
さーーて、どうするかな。

時間が癒してくれるのかな [雑感]

すっごくビックリした。

なんと、最初の妊娠(稽留流産)の出産予定日だった日が、気づかないうちに過ぎていた。

初めての流産処置後、不安定な気持ちの日も多く、芸能人の妊娠報道を見るのもなんかブルーな日もあって。
芸能人なら何とかやり過ごすことができても、面識のある人や身近な人の妊娠を知ったりして・・・・それが自分の予定日と近かったりするとそれはもう心を乱されてかなり動揺してた。

こんなことじゃ、実際に出産予定日だった日が来たら、どうなっちゃうんだろう?
その日はどうやって過ごせばいいんだろう?
出産予定日の前後に身近な人の出産報告なんて聞いちゃったら、本当に耐えきれるんだろうか?

怖くて怖くて、想像することすら避けていた。

なのに、先日ふとカレンダーを見て愕然とした。
出産予定日過ぎてるじゃん・・・・・

2度目の妊娠→流産処置でバッタバタだったせいもある。
それが大きかったのは確かだと思う。
悲しい出来事の上書きで前の悲しい出来事の記憶が薄まるって、どうなの?とも思うけれど、現実はそんなこともあるんだな。

そして、一番大きいのは時間の流れ。
忘れることはないけれど、痛みは薄れる。

どんな経験も、経験したその瞬間の鮮やかさで蓄積されたら、大変なことになっちゃう。
時間の経過が衝撃を薄れさせてくれるから生きていけるし、また新しい一歩を踏み出して行けるんだな、って、やっと理解できた。

一番凹んでいたあの頃、見ず知らずの私に皆さんがくださった大事なコメント。
あの時、どんなに皆さんの言葉にすがって、どんなに救われたか!
しかし、今やっと、あの時の大事なコメントの本当の意味が理解できたように思います。今また、あの時のコメントを大事に感じます。
本当にどうもありがとうございました。

そして、今度は私が言いたい。
今もし、悲しみの底で苦しんでこのブログにいらしている方がいたとしたら。
今は何を言われても、すぐに悲しみに押し流されてしまうかもしれない。
けれど、時間の経過ってすごいんですよ。信じられないだろうけれど、すごいんです。
また前を向こうかな、って思える日が来るんですよ。
頑張らなくても、気付いたら来てたんですよ。


2回目のこともあるし、まだまだ落ち込んでいる日もあるけれど、最初の予定日を何事もなく越えることができた、何だかそれがとっても大きな出来事でした。



前向きに [雑感]

ここ数日、うっかり悲観的になっていた。
無意味に人と比べて悲しむ材料を増やしても仕方がない。

自分の妊娠時期と重なった人達の経過を知るのは、どうしてもへこむので、しばらく自分からは近づかないことにした。
もともとすごく近い関係の人達ではないので、自分からアクションしなければ、ほとんど関係もない人達。自分から傷つきに行くのはやめにしよう。

前向きな情報を見るようにしよう。

今日は、このso-netのブログの中にもたくさんある、流産を経て、今は子育てを楽しんでいるという方のブログを眺めていた。
何だか少し、勇気がわいてきた!
自分もまた妊娠して、妊婦検診までこぎつけ、臨月になって、出産を心待ちにしている姿を想像してみた。
なんか、赤ちゃんができる気がしてきた!

単純。

この調子。
この調子でがんばろっと。

流産後の心の傷 [雑感]

流産後、泣いて暮らした・・・という話は普通に聞くけれど、私はそれほどではなかった。

最初に病院に行った時から、「これは難しいかも」という雰囲気があったし、毎週病院に行くたびに、「やっぱりだめそうかも・・・」「これはおそらく無理」と徐々に宣告が進んでいったので、気持ちの整理がついたのかなぁ・・・などと分析している。
実際に、数週経っていきなりあの検査台の上で最終宣告されたという友達は相当ショックだったと言っていた。「keseraの先生のように、予告してくれてた方がどれだけ良かったかと思う」とも言っていた。

または、私って猛烈に冷酷なのかなぁ?とも思った。

しかし、最近思うのは、これは泣いて泣いて泣き明かす・・よりも、もしかして重症なことなのかも??ということだ。

手術から2ヶ月以上たった今、すっかり元気で、もう次の妊娠にも前向きに取り組んでいるし、ぜんぜん大丈夫。
兄弟がついこの間出産したのも、それまでは、実際に生まれたら複雑な気持ちになっちゃうかも・・・と思っていたけれど、ぜんぜん大丈夫だった。

しかし!
それほど親しい・・というわけでもないといった知人の息子さんのところがおめでただ・・という話を聞いたとき、私にとっては不運なことに、その予定日が私の予定日だった日に限りなく近かった。
何ヶ月で親に報告に来たとか、何月の戌の日に帯を巻きに水天宮に行ったとか、そんな話をうれしそうに話すのを聞いて、私は、「ああ、あのまま妊娠できてたら今頃そんなことしてたのか」とか、自分に重ねながら聞いていた。
そのときは特になんともなかったのだけれど、家に帰ると・・・。

お酒の席だったのだけれど、大して飲んでもいないのに、家に着くなりガンガン頭が痛くなって、買ってきたアイスクリームを冷凍庫にしまう気力も無くしてソファーでダウン。
気を失うように眠っていたようで、1時間後くらいに気づいたらアイスはドロドロ[もうやだ~(悲しい顔)]箱入りファミリーパックだったのに[あせあせ(飛び散る汗)]

やっちゃった、エヘ。と思いながらダンナの夕飯を作ろうとするもまったく気が進まない。
とうとう何も出来ずにボーっと過ごしているとダンナご帰宅。
帰宅したダンナを見た瞬間に、もーのーすーごーく泣けてきて、ボエボエ泣いてしまった。
泣きながら分かってきたのだけれど、私も両親に順調な妊娠の報告をしたかった。両家の両親にあーだこーだと気にかけてもらいたかった。大きくなるお腹をダンナと一緒に幸せに見守りたかった。どんどん成長するエコー写真をダンナと一緒に見たかった。

そういうの、吐き出してこなかった・・・と言うか、気づきもせず、気づこうとしてこなかったんだなーって、今更思った。
流産しちゃったけど、何か私、結構大丈夫。ぜんぜん気にしてないって思い込んでいただけだったのかもな。

気づいたからって、どうすることも出来ないし、結局時間が経って行くのを待つしかないのかもしれないけれど。
早く、すっかり明るい気持ちになれたらいいな。




出産難民について [雑感]

近頃、東京近辺で産科が激減し、出産難民が出始めている、という話を聞くようになった。
東京23区内、神奈川や埼玉の中心部が特に顕著だと聞いたこともある。
現実に、前回の初妊娠で5週後半に分娩予約をとった時も、私が申し込んだ大学病院は1日遅れでOUTと言われた。そこを何とかしてもらい、どうにか入れてもらったけれど、ちょっと危機感を持った。
それでも、本当に出産できなかったという人に会ったことがないので、結局は何とかなるんだろう。と思っていたけれど、何とかできなかった人・・・に初めて会った!

習い事で、妊婦さんにお会いした。
今後のために・・・と出産病院はどちらですか?と聞いてみた。
私とは住まいは離れていそうだったけれど、もし良い評判が聞ければ行って行けない距離ではないだろうなぁ・・・などと考えていた。しかし・・・・。
何と彼女は世田谷区内在住とのことなのだが、区内で出産できる病院を予約できず、当初予定のなかった里帰り出産することになってしまったと言うのだ。
とうとうでたか。
ちなみに、いつごろ出産病院を探したかと言えば、妊娠2ヶ月で探した、とおっしゃっていた。
2ヶ月・・・4週~7週かな?
4週は生理予定日の週だからそうそう気づく人は少ないだろうし・・・詳しく2ヶ月の何週だったかはお伺いしなかったけれど、私の前回の経験からすると、5週前半が勝負というところだろうか。

私の前回の病院の場合、事前に最終生理日を聞かれて、そこから換算した出産予定日の予約がいっぱいであれば診察を受ける前に、「分娩はできません」と言われた。
そもそも生理が28日周期できちんきちんと来る人であればそれでいいけれど、周期が長ければ普通の人が5週前半というところではまだ生理予定日にさえなってない場合もあるのでは?それに加えて生理周期が一定でなければ、多少遅れても気づかないだろうから、気づいたときには分娩予約は取れません・・・ということになるのでは?

私も生理周期が安定しているほうではないので、難しそうだなぁ。
少なくとも、出産したい病院は妊娠前から良く考えておいて、妊娠が発覚したら速やかに出産希望病院にコンタクトを取らねばならない・・そういう状況のようだ。
妊娠する前から、出産病院を探すなんて、まだできない妊娠に希望だけを膨らませてしまいそうで、なんだかつらい気もするけれど、仕方ないんだなぁ。

ちなみに私の場合、里帰り出産は選択肢にない。実家が妊婦を里帰りさせるような状況ではない。逃げ場はないんだよな。

妊娠を考えたのが遅いよ~ [雑感]

結婚も遅かったが、その後「妊娠なんてまだまだ先。やりたいことがありすぎる~。」なんてやってたのが、そもそもの始まりだ。

最初は妊娠しないようにしていたし、その後は「妊娠すれば産む、しなきゃそれはそれで別にいいから。」という考えで、特に何の努力もしていなかった。そして、絶対的に「なかよし」の回数も少なかった。

昨年あたりから、駆け込み・・・と言うか、最後のチャンスとばかりに出産する友人が増え始めた。
私は、「もう、この歳になったらいいかなぁ」とか、「きっともう産める歳じゃないのかもなぁ」などと思っていたので、この歳で周りがバンバン産み出したのには正直驚きだった。
そして今年の年賀状。「生まれました」写真の多いこと多いこと!
何か、それに触発されて・・「私もまだチャンスあるのかな?」と思い始めた。
遅ればせながら情報を集めてみると、アラフォーの出産はかなり多いらしい。

体外受精を実らせたばかりの臨月の友人と食事をしたときに、「大丈夫だよ!行け行け!がんばれ!」とその気にさせてもらい。かつ、彼女が余ったからあげるとくれた排卵検査薬を使ってみた。
と、同時に、ちょうど年に一度受けている子宮ガン検診をうけるタイミングになり、近所の婦人科でちょっと聞いてみると、「じゃあ、不妊の検査してみる?」と話がとんとんと進み、血液検査→通水検査(そこは卵管造影の施設がなかったため)→フーナーテストまでやってみると、特に異常もなかった。
特に異常もないけれど、これまでできなかったし、歳も歳だからタイミングから始めてみる?と先生に言われたものの、まだこの時点でも「治療してまで妊娠を強く望んではいない」という気持ちは変わらなかったので、ひとまず排卵検査薬もたくさんあるし、自分でがんばってみます。と言う矢先、前回の妊娠をした。

あっけなさに驚いた。
これまでまったく妊娠することなく来たのに・・・・恐るべし、排卵検査薬。やっぱりすべてはタイミングだったのねー。
楽勝じゃーん!と思っていた矢先の流産。
やはり、妊娠は楽勝だったものの、妊娠の維持はそう簡単なものではないと実感。

一度妊娠できてみて、「妊娠したい」という気持ちが強まった。
ひとまずは、治療はまだ気が進まないので(そうしているうちにまたタイミングを逃すのが私の人生(汗))、また残りの排卵検査薬でチャレンジしてみる予定です。
今のところ、排卵検査薬は真っ白。
基礎体温もまだ安定しないし、今期は厳しいのかな~。

『40歳!妊娠日記』大田垣晴子著 を立ち読む [雑感]

今回の妊娠は、最初から危なげだったので、どうしても言わなければしょうがない場合を除いてはできる限り人には言わずに過ごしてきた。
親にも言うつもりは無かったのだけれど、いざ処置入院と言うことになった時、入院の誓約書に、夫以外にもう一名の署名がいるということになり、土壇場で自分の母に電話した。

私「あさって入院して次の日に手術することになってね。」
母「乳がん?」
私「いやいや、そんなに大したことじゃないんだけどね。妊娠したら育たなくて。」
母「あんた、子供ほしかったの?!」

がくーーーーーー。
確かに、私、子供はいる人生もあり、いない人生もありと考えているし、結婚してから相当子供のいない生活をしていたけどね。歳も歳だけどね。

まあ、同情されたり、過剰な心配をされることなく、今思えばこんな対応で救われたのかも。

母「いいよ。署名でも何でもするよ。」
私「悪いね。」
母「ところで、来週の○曜日にアウトレットに買い物に行くんだけど、行ける?」
私「いや、私買いたいものないし、あえて来週ってのはやめとくわ。」

そんな母と後日本屋で待ち合わせをした時に、先に着いていた母が立ち読みしていたのが大田垣晴子著『40歳!妊娠日記』。
母「あなたとおんなじ人のマンガだよ。」「結構いるんだね。聞いたこと無かったけど。」
母の最大級の私への心配りだったのかも。
また後日、私も立ち読みしてみた。買わずにごめんなさい。

パラパラ読んだところ、2度の流産を経ての出産までの日々を記した著者の絵日記をそのまま出版したもののようだ。
1度目の稽流流産の話はほとんど触れずに、次の完全流産する妊娠に気がついたところからが始まり。

その中で、著者が流産の報告をすると、結構な数の友人から自分も流産の経験があるとカミングアウトされたという場面がある。
実際私も全く同じ経験をした。
そう多くの人に言ったわけではないけれど、かなりの確立で「私も」という実際の経験者がいたし、同世代の多くは100%「知り合い」が同じような経験をしていた。
ただ、母親世代の人はみんな「聞いたことが無い」という反応だった。
昔は超音波も無かったらしいし、お腹にラッパみたいのを当てて心音を確認したって言うから、知らない間に・・・ってのがあるんだろうな。または、近年になって流産が多くなったのか?
それは分からないけれど、これだけ多くの人が経験していると言うのは意外な発見でした。

この本、流産のあたりだけパラパラ読みして、その後の妊娠~出産までは実は読みませんでした。何となく。
今度、妊娠ができた時には、先も読んでみたいな、って思います。

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